心をていねいにかみあわせる。

みなさまこんにちは^^ 更新頻度のお約束はできませんといいながら、
更新したいなーーーと思ってしまうのは、
お店や通販やデリバリーのご用命等で記事を見てくださっている方々の姿を感じるからなのです。
ご覧になってくださっていることはお話下さらなくても、そうなのかなと思うような・・・
波長の合う皆様がご来店くださっているのを感じております^^
いたらないことも多いかと思いますが、広いお心をいつもありがとうございます。
本日4/22火は仕込み都合による臨時のお休みを頂いております。
25日の金曜日はお休み返上で営業いたしますが。
五橋店は時短となる見込みです。
11時=16時頃の営業予定です。
連休中は営業いたしますが、どこかしら平日部分でお休みを頂きます。
さて本日のお題 「心を丁寧にかみあわせる」
かみ合わせは歯だけではなく心も大切です(*^_^*)
最近、新緑のようなすがすがしく心地の良いご連絡やお知らせをお客様から頂きます。
お子様がおいしそうにミロクのお菓子をほうばっている!!
お写真。
ミロクにご依頼くださったお誕生日のオーダーケーキをご家族様で公園で食べるという、
最高に!素敵すぎるご報告。
やりたいことはすぐ何でもする!だから陶芸を始めたという、
お客様のパワフルなご報告。
お仕事をご依頼している常連様とのちょっとしたレスポンス・心安らぐメッセージ上での会話など
他にもございますが、
なんだか心のかみ合うご報告に胸がときめきます。
いいですよね(/ω\)こういうお話を私たちにしてくださることのありがたみと癒し・・・・
ありがとうございます!
自分が知らないこと含め、皆様の目標や楽しみのお話・・・
こういうコミュニケーションは自分の心根を日々育ててくれていると感じます。
あらゆる物事は細やかな出来事や生まれ育った環境や人との出会いで形成されていきますから、
もう相性の世界です。
人が織り成す場所は必ずそれが存在します。
「接客業はこうあるべきだ」
という大切な部分は人として当たり前のことが基盤にあるので、接客業だからというわけではないですよね。
その中身は大切ですが基本はありますが、
何より店員さんでなくても人として当たり前の心の問題だと考えています。
ですからご近所含め通行される方含めお客様含め、ダメなことと良いこととその隔たりはなく。
常識を逸脱した場合お客様であれ、店員であれやはりだめなことはダメです。
そこに立場は関係ないです。
でも、口コミなどの現象もそうですが、なにかはきちがいをされてしまう心がが世の中には存在します。
他者に敬意があれば、その心が育っていたら「ハラスメント」という言葉なんて必要ないはずですが、
この世の中心の成熟度でそのような言葉を使わざるを得ない状態です。
問題には様々な問題はあるけれど、
相性がすべてということの理解も必要です。
ひとである以上、いえ生き物である以上これは存在します。
相性をとらえ解決する問題でもないですが、
そもそもの相性が大きいこれは事実です。
そこにタイミング。
なんか許せる人や、この人が好きや、このひとだから良いやこういったものはその一人の人の背景にある個性のバランスで成り立ちます。
なんか許せない、やこの人苦手や、このひとだから嫌だやも同じです。
これは目の前の好きな人を嫌いになるように、その人そのものを変えるのは無理ですし、
そのよう労力はまったくもって無駄であると思います。
勿論、内容によっては好きも嫌いも伝えることはコミュニケーション上必要なこともあるでしょう。
人のことを想うことが・・・といいたいですが、
短い人生そのことにとらわれる現象は結局、「どこか自分の気が済むために伝える」というのが事実で、
それも悪いことではないけれど、
「貴方のために」を使用するのなら「自分は不愉快」であるということをよくよく自らが認識することも重要です。
でもどこまで行っても生き物ですから、互いの背景も未来も誰にも全て予測が出来ません。
結局相性とタイミングが人間関係の基本にはあります。
「人は感情の生き物」
その感情の接する面ですべてが決まるわけですから、こ
れは大きいと思いませんか?
店員さん、対岸の存在が、
ロボットのようなプログラムの感情みたいなもので成り立つ世界は、
摩擦もなくそつなく過ぎるでしょうが・・・
同時に対岸の人の代わりの物体には、湧き上がる好意も存在しません。
人と人の接する本来の目的は互いの成長と感性の刺激、刺激を受けて色が変わり変化して今のその人そのものとなる。
しかもとどまらず絶えずそれは繰り返される。
命尽きるその日まで。
そのように想っています。
私は、
素敵な情報やコミュニケーションの時間を日々下さる方々に伝えたいです。
直接伝えているつもりですが、改めて自分の心を刻印します。
「大好き」です(/ω\)
では、明日も健やかに皆様にお会いできるのを楽しみにしております^^
最後までお読みくださりありがとうございます!
皆様の毎日におやつや贈り物の、
ミロクの選択を視野に入れていただけることで大きな励みになります。
引き続き応援の程よろしくお願い致します(*^_^*)
いつもお付き合い誠にありがとうございます!!!!
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●私たちミロクがある根柢の理由
その起点は代表の私の、20代半ばのころの価値観にあります。
健康の問題や美しくあるためのダイエット、 ヨガやランニングなど健康的な生活を楽しむために、こまめに体を動かすライフスタイルを基盤に生活をしていました。
美しく健康であるために、健康的な若さ、思考の能力を持続したい、これから来る未来に、医療に対し過剰にお世話になる事なく、自身の周りの年配の方々の医療とのかかわり方を見て、若いうちに自らの健康を保ち生活することの必要性を考え、体に対する様々な面で、強く予防を願う想いをかかえて生活をしておりました。
そしてそのサイクルが馴染んでいたライフスタイルのルーティンのバランスが完璧だと思っていたころ、
安心安全という神話が大きく崩れる311・及びに原発事故がありました。
当たり前の環境や景色は、当たり前ではなくほんの数分後には、一瞬にしてすべてなくなる可能性が常にあるということを生まれて初めて知りました。
安心安全、どこか守られているものなどこの世界には一つもないのだと。
当たり前だと感じないほどの日常の当たり前が消えた日を起点に、
命について純粋に捉え、人間の思考や体が何でできているのか?
という観点で死生観はもとより生きてきた過程、選択の基準等、
自分の心のブラッシュアップ・探求がはじまりました。
結論として、
たとえ生活環境を揺るがす何かがあったとしても、
自分の力で日々生きていくために最低限必要な何かを維持するためには、
より深い食の在り方をとらえることが、最低限必要なことだと考えました。
この現代社会はある種、サバイバルそのものであると知りました。
自分が今までの人生で食べてきたものを改めて考え、 その中身は昔のほうがまだわかりやすい原料のものでも現代は非常に複雑化していることを深く知ります。
原料の表示義務がないものが多すぎることでそれが見えないことにより、思い込んだ安心感やそれほど危険だというものが入られているなんて考えていなかったこと。
私が強く抱えた想いは、
「信じるという土俵にないほど当たり前であった物事に裏切られたようなこのような喪失感を未来の大人達が味わう環境を少しでもなくしたい」
社会の現状は、
世の中には、 わが子に対して、当たり前に普通にみなと同じものを食べさせてきた結果を悔やみ、また、ご自身様の若いころの食生活を後悔している人々がいます。
逆に、苦しいが故に、自分の親が与えてくれた環境に対し、
無自覚であったことを攻めてしまう人々もいます。
前者の、
食の選択を親から全身で受け取る純粋な命に、
食の現状のリスクを知らなかったことにより、
お子様の成長の過程での健康について、申し訳ないと後悔している悲しみを抱えた親心に出会うことは非常に多いです。
そのようなお話を多く聞くことで、想うことは、
何が良い悪いではなく、
そうできているのだからやむを得ない社会だということです。
よほどのきっかけが自分の身近な存在や自分にないと、食の不信には気が付きにくい
という表現が正しいです。
そもそも不自由がなく、食に対し不信がない方には見識を信じてもらいにくいことから、
食に関する本質的な情報は、他者はなかなか教えてはくれないということです。
又、なによりも、
私たち人間のコミュニティという特性上、
自分の世界観に必要な情報を好み、選び、その中で生きているのだという、
死角の存在の影響です。
以上のような現象を踏まえ、
お悩みの方が誰かを責めてしまったり、過去を後悔している時間を可能な限り短くすることが出来るならばと、
私たちは、食のご提供を通して、少しでもお力になりたく想う日々の営業です。
そのうえで、
私たちは確固たる信念として以下のように掲げております。
●私たちミロクが目指す未来
1.食べたくても食べれない悲しみや苦しい想いをミロクの食で少しでも緩和させることで
一人でも多くの人やご家族様が喜びと笑顔に満ちる社会へ
2.人口の加工品を活用した緩和ではなく、その先の未来をきちんと捉えた自然の原料のみを使用し、
母親そのものような愛のある心を基準に創る真心の伝承
3.家族間の食による過去の後悔ではなく、これからの気休めでもなく、まぎれもなく
笑顔になれる未来への希望を作り上げるための食をクリエイトいたします。
4.純粋で素朴な味わいによる絶対的な味覚の共通認識を菓子を通して伝承し
健康意識の優性・劣勢等による意識格差による偏見や対立、分断のない社会へ
5.食に対する不信感がつのる社会での指針としての安心の創造
体に入れる食からの未来への不安
純粋に食を楽しむことが出来ない罪悪感に近い嫌悪感
そのような感情から人々が解放・終止符を打つような食の在り方を未来に残します
以上の五項目、私たちはミロクをご支持下さる皆さまと共に目指します。
あとがき
いつも私たちの食を愛してくださり誠にありがとうございます。
私たちは商業のからくりを捉え過剰なブームに乗りません。
社会のブームにおける問題は、常にそこではないことが多く、
過剰におかしな方向にミロクが逸脱していかないように、小麦のお菓子も製造しております。
それは小麦の歴史について考えたからです。
またブームには優性思想が誘発された環境が芽生えます。
情報の中で生きるとこれは避けられないことでもあります。
一つ芽生えると対局も誕生します。
対極にあるものはそれは同一で保たれるものだからです。
「対局同一」、異なるように見えても全く同じものという意味です。
ブームを起点に、例えば、
意識の高いに対して意識が低いとか、過敏であるに対して無知であるとかそのような対立構図です。
様々なことでもいえるのですが、
敬意を持ち尊重できるのがとても平和で成熟した大人の感情であると思うのですが、
常に対立構図が巻き起こる感情対感情とは、対する感情の存在を見下すことで互いの感情の正当性を保つためなのでしょう。
これは心の戦争です。
けれどその垣根を取り除くのは、双方が、
その外側の「おいしいよね」という共通認識できる感情であり、
よりピュアな本質的な作物のおいしさが双方を繋いでくれると、私たちは信じています。
母の味が兄弟の共通認識にあるようなもので、そのスケールは壮大です。
つまり私たちは、実は平和への探求心があり、日々ミロクという形でその追求をしております。
また、
世の中、お世話になっていた食が毒と呼ばれはじめたり、「あれダメこれダメ」と言われるものが多くなってきましたが、
それはテレビであれが良いというとそれが品切れになる現象と同じで、
自分で選んでいるのではなく、実際は情報により選ばされているという現象でもあります。
勿論その賛否をここで問うつもりはありませんが、
このまま思考が情報に縛られていくと
それは近未来、「食事という形の変容・新食事様式」を予期させてしまうものを秘めています。
むれになり皆で食を囲む習慣がある私たち人間にとって、
人間らしい生き方が基本で、 目的は、自分だけが健康でぴんぴんいつまでも生き延びることではなく、前提として人が目の前にある事、他者と酌み交わすひととき、過ごす時間です。
そのひと時が長く多く続くことを幸せの一コマと呼ぶのかと、そう思います。
目的が変わらぬよう考えた時に、 あれが悪いこれが悪いという情報の渦も、 自分の思考のバイアスが働くことだと思います。
自分のガイドラインを捉えて、その先に日々人間らしい生活があることが何よりです。
すべて排除されたキューブの食や液体の食事が常となることでつかめる人間らしい幸せはありますでしょうか?
その答えは皆様のおこころの中にあられます。
皆様のお好みでミロクのコンセプトを感じていただけますと幸いです。
今後ともお引き立てご声援の程よろしくお願い致します^^
miroku